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熊本簡易裁判所 昭和46年(ハ)382号 判決

原告 鹿島信夫こと李鳳出

被告 志垣敏明

右訴訟代理人弁護士 矢野博邦

主文

別紙物件目録記載の建物は原告の所有であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)はもと訴外中山勝の所有であったところ昭和四五年一月二二日訴外富田信義の抵当権実行申立(熊本地方裁判所昭和四五年(ケ)第一二号)により競落に付されたので、原告がこれを競落し、同年九月一〇日の競落許可決定によりその所有権を取得した。

二  ところが、被告は本件建物を自己の所有と主張して原告の使用占有を拒むので原告の所有であることの確認を訴求する。

第三被告の主張

請求原因一の事実は否認、二の事実は認める。

本件建物はもと訴外田方進の所有であったところ昭和三三年一二月一三日強制競売申立(熊本地方裁判所昭和三三年(ヌ)第一四三号)により競売に付されたので被告がこれを競落し、昭和四三年八月二日の競落許可決定によりその所有権を取得したものである。原告がその前主と主張する訴外中山勝が本件建物の所有権を取得した事実はない。

第四証拠≪省略≫

理由

請求原因二の事実は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、熊本市春日五丁目八四番地家屋番号八四番(昭和四四年八月までは熊本市加茂町八四番地家屋番号八四番)木造瓦葺平家建居宅一棟床面積四五・〇三m2(以下「加茂町の建物」という)が訴外中山勝の所有名義に保存登記されていたところ昭和四五年一月二二日熊本地方裁判所の任意競売開始決定により競売に付され同年九月一〇日原告に対する競落許可決定により原告に所有権移転したものとされていること、他方熊本市春日町西祇園田一一八五番地家屋番号一二七五番木造瓦葺平家建居宅一棟床面積四七・一〇m2(以下「西祇園田の建物」という)が訴外田方進の所有であったところ昭和三三年一二月一三日同裁判所の強制競売開始決定により競売に付され昭和四三年八月二日被告に対する競落許可決定により被告に所有権移転したものとされていることが、いずれも認められる。

さらに、≪証拠省略≫によれば、訴外名川義人および原田正直はいずれも熊本地方裁判所の鑑定命令にもとづき、名川鑑定人は本件建物を「西祇園田の建物」に該当するものとして、つづいて原田鑑定人は本件建物を「加茂町の建物」に該当するものとして、その価額を鑑定したことが明らかである。

そこで名川鑑定人の鑑定の経過をみると、前示各証拠および≪証拠省略≫ならびに弁論の全趣旨ことに顕出にかかる昭和三三年(ヌ)第四三号不動産強制競売事件記録によれば、同鑑定人はさきに裁判所から鑑定を命ぜられた訴外本田信義が鑑定書を提出し得ないまま鑑定取消命令を受けたのち同人に代わって鑑定に着手したが、昭和三五年一一月一八日「鑑定不可能」との鑑定をし、四年を経て昭和三九年一〇月三一日ふたたび「鑑定不可能」との鑑定書を提出し、その後同年一二月一〇日に至って「西祇園田の建物」は本件建物と推定されるとの鑑定書を提出し、債務者である前示田方進から「西祇園田の建物」は解体したとの上申書が提出されるにおよんで再鑑定により右物件を本件建物と考える根拠を示した。

しかしながら「西祇園田の建物」をふくむ多数の鑑定物件が存在するとされている周辺は、前示鑑定書にも明らかなように(1)「旧態の地形全く変貌しあり漠然と土地の全体は認め得るも各筆毎の状態及境界は全然確認することができません」という状態である。(2)区画整理がおこなわれる町名・地番の変更がなされている。(3)債務者田方所有の建物が多数存在し、所在の変更、表示の変更・改築・滅失等があるのに変更登記がなされていない、という有様である。名川鑑定人は「西祇園田の建物」は本件建物であると推定したものの、それは「表示物件の把握が至難であります。故に已むなく熊本地方法務局備付の区画整理前の地形図と現地の関係とを照合し所有者の意見をも斟酌して各家屋の所在を推定し評価いたしました。」というのであって、主として字図と現状を対照して春日町西祇園田一一八五番の土地が加茂町八四番の土地(当時)にあたると推定し、ついで本件建物敷地を加茂町八四番と推定し、その地上に建っている本件建物を春日町西祇園田一一八五番地家屋番号一二七五番すなわち「西祇園田の建物」と結びつけたのである。加茂町八四番地が本件建物敷地であるとした推論は後に述べるように正当であるが、春日町西祇園田一一八五番地を加茂町八四番地と推定した過程にかなりの無理をしている。さきにみたように、一人の鑑定人がついに鑑定を放棄し、名川鑑定人自身も二度にわたって鑑定不可能の鑑定書を提出したほどの難問が、字図を対照することによって真に解決したとは思われない。字図との対照によって特定できるほどのものならば、三度目の鑑定書をまつ必要もなかったと思われる。前示田方進の上申書は昭和四二年四月一二日付で「西祇園田の建物」をふくむ二棟の建物が取りこわされて現存しない旨を届出たものであるが、右田方は前示強制競売事件において八〇件、評価額二億円に達する土地・建物を競売に付されているのであって、その内わずか二件評価額一五万円程度の物件について殊更に執行を回避しようとの意図に出たとは思われない。のみならず、これに先立つ昭和三四年三月二〇日付熊本地方裁判所執行吏木付四郎の賃貸借取調報告には「西祇園田の建物」について「数年前解家、事実上存在せす」とあり、同月二八日付同執行吏の公課金取調報告には「数十年前に解家したとのこと」とあり前示田方の上申書の真実性を裏付けている。≪証拠省略≫はこの間の事情を伝えるもので信憑性は高いとみなければならない。そうすると、名川鑑定人は「西祇園田の建物」がすでに滅失しているのに、その特定に苦慮した末、誤って本件建物をこれに該当するものと推測評価するにいたった疑いがつよい。競売裁判所は外ならぬ執行吏の指摘に留意することなく軽卒にも競売手続を続行したうらみがある。

飜って、「加茂町の建物」について検討すると、前示各証拠によると本件建物の敷地が熊本市加茂町八四番地にあたることは名川鑑定人と原田鑑定人の各個独自の調査にもとづいて一致して指摘されているところであるから、まず間違いのないところである。そして右の加茂町八四番地が町名変更によって熊本市春日五丁目八四番地となったことは成立に争いのない甲第六号証(登記簿)により明らかである。熊本市春日五丁目八四番地は本件建物の登記簿上の所在地であるから、その地上に建つ本件建物が原告が前示任意競売によって取得した「加茂町の建物」であると推定するのは、これをそれ以外の物件と認めるべき特段の事情がない限り合理性があるといえる。そして、本件建物が「西祇園田の建物」に該当するという主張が首肯しがたいことは右に見たとおりであるし、同一地番上に本件建物以外にこれと誤認されるような類似の建物が存在しているような事情もないことは検証の結果に照らして明らかである。ただ、右の検証の結果によると本件建物の周辺の住居表示は熊本市春日五丁目二二番の一号・二号もしくは一七号等であって「加茂町の建物」の変更後の表示、春日五丁目八四番地と連続しない感がある。しかしそれには住居表示の変更等の事情も考えられるのであって、この一事をもって「加茂町の建物」が本件建物であることを妨げるには至らない。

以上のような次第で、本件建物は「加茂町の建物」であると推認すべきこととなり、「加茂町の建物」を原告が競落取得したのであるから、本件建物は原告がこれを所有するものと認めなければならない。

本件建物が原告の所有であることの確認を求める本訴請求は理由がある。

そこで原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本康昭)

〈以下省略〉

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